たべたもの

どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう。(ブリア=サヴァラン)

いかなご熱

 西宮市に引っ越して迎えた初めての春、スーパーの魚売り場で人寄せの鐘の音が高らかに鳴り響いた。バックヤードから運び出された商品があっという間に人だかりで見えなくなった。客はみな殺気立っていて、ただの安売りではなさそうだった。

 いかなごが初めて入荷したのだ。大阪生まれ大阪育ちの私にとって、いかなごを見たのはそれが初めてだった。イカナゴとは、関東でコオナゴ、大きくなるとカマスゴと呼ばれている魚の稚魚である。大きさはせいぜい2センチくらい。それ以上大きくなるとシンコと呼ばれている。阪神間、播磨や淡路では、いかなご漁が解禁になるとこれを買い求め、各家庭で佃煮にするのだ。2センチほどのいかなごは炊きあがると一様に飴色の古釘のように曲がっていて、これを釘煮という。

 釘煮を炊く時期には台所用品売り場にも大きな鍋が並び、郵便局にはいかなごを送りましょうという幟が立つ。この辺りの人々の、いかなごにかける情熱は並々ならぬものがある。まるで熱に浮かされているようなのである。

 たいしておいしいものでもあるまいに……、と私は余所者の醒めた目でスーパーに並んだいかなごを見ていた。初めての春は、である。

 翌年、再び春の訪れと共に入荷したいかなごを見た時、どういうわけか胸の奥から熱い願望がふつふつと湧いてきた。

 炊きたい……。この小さい魚を、飴色に、炊きたい……!

 

 初めて炊いたいかなごは意外にうまくできた。あちこちにお裾分けしたけど好評だった。そしてさらに翌年の春になると、スーパーでかかっていた「いかなご いかなご」と繰り返す謎のテーマソングを口ずさみながら、いかなごはまだかと待ちわびるようになってしまったのである。

 

 西宮から引っ越すことに決まった春、私は例年通りいかなごを1キロ求め、釘煮にした。けれど初めて水揚げされたそれは小さすぎて、味はよかったけれどできあがりに満足できなかった。ちょうどいい大きさのいかなごが出回るようになるのを待って、もう一度炊いた。今度は忙しくて買い求めた翌日に炊いたからか、できあがったいかなごはモロモロに崩れてしまった。

 これでは後悔する。もしかするともう、引っ越したらいかなごを炊くこともないかもしれないのだ。ーーそう思って3キロめのいかなごを買った。スーパーで吟味していると、隣にいた年配の女性と目が合った。女性はにやりと笑った。「おぬしもか」と言われた気がした。

 家に帰ると息子が「また買うてきたん?」と1オクターブ高い声を出してあきれた。「今までの釘煮には満足でけへんのや……」そう言って厳しい目で釘煮を作る用意をしている私の後ろで、「職人かよっ!」と息子の声がした。

 3キロめの釘煮は満足のいく仕上がりだった。あちこちお裾分けして好評だった。これが人生で最後の佃煮かも知れないと感慨無量だった。しかし、それから程なくして私は引っ越すことになった。引っ越し先は神戸。春にはやはり、いかなごを買い求めて釘煮にしているのである。

 

ひさびさにこちらのブログを更新しました。たべたものはTwitterに記録しています。食べ物に関する長い文章を書いたらこちらにupしようと思います。